●川越氷川神社の夏越大祓にて(2013年7月31日)
暑中お祓い 申し上げます
今年の夏の気温はどうやら西高東低といったところですが,暦の上では暑さ真っ只中のこの時期。
去る7月31日に,暑気払いならぬ,月遅れの夏越祓いが行われました。多くの神社では6月30日に行われる夏越の大祓ですが,場所によっては旧暦に倣って,7月末に行うところもあります。先日紹介した磐船竜神祭の氷川女體神社もまた然り,そしてさらに北西にある川越氷川神社もそうでした。そして両社とも,今はあまり行われなくなった「人形流し」が,古式に則って行われました。
●氷川女體神社で行われた人形流し(2013年7月31日)
午後3時過ぎ,氷川女體神社。大祓詞とともに身体をはらった人形(ヒトガタ)を,境内のすぐそばを流れる小川に流し去ります。見てのとおり,自身の穢れを紙の人形に移し,川の流れに流し去っているわけです。
ところが,水に流す儀式は,古来には単にそれだけの意味合いに留まらなかったといいます。
「けがれ」はすなわち「気枯れ」
一般に,穢れ(けがれ)とは「汚染された」とか「何か良くないものが憑いた」というイメージがありますが,元々の意味は「気が枯れる」というのが語源であって,気力が萎えたり,気概が衰えている状態だという意味合いも古来あったのだそうですね。現在の大祓神事は夏越と大晦日の年2回行われ,半年のうちに身についた罪汚れを払い去るという側面が強調されがちですが,あれこれと半年の間を過ごすうちに,疲れてきた精神に新たな活力を与えて再び元気な状態に戻すリフレッシュの側面も実はあったということです。
●神職につづいて一般参列の方々もこぞって「水に流」します
ところで,この人形流しは見た目には,自分の穢れを移した人形を水流に捨て去っているだけに見えます。『
水から新たな生命力をもらっている』というもうひとつの重要な要素があったはずなのですが,残念ながら現在の大祓神事の作法からはこれは一見欠落しているようにみえます。原初には人形などの依り代は祓いの儀式が終わった後には回収し,再び持ち帰って大切にお祀りしていたのでは?と推定されています。
古代の話ではなく王朝中古のころの例になりますが,3月3日の上巳の節句,いわゆる雛祭り。平安貴族が行っていた雛祭りは,雛人形を依り代として自身の穢れを移したあと,神社などに持ち込んで雛人形に然るべきお祓いを施した後,再び持ち帰って大切に自宅に飾ったというものだったそうです。そして,これが今に至る雛飾りのそもそもの始まりであるといいます。
古代の祓いにおいては,依り代を捨てっ放しにせず,ちゃんと浄化して再利用していたかどうか,明確な考古学的証拠はないのですが,記紀に出てくる丹塗り矢伝説などが示すように,
水あるいは河川はあらゆるものに対して浄化作用と生命力の賦活作用をもたらすのが本分であって,罪穢れを移された依り代,あるいは払い去られた罪穢れそのものもまた水によって,新たな清浄なものへと生まれ変わるものなのだという信条を,上古の倭人が持っていたことはほぼ間違いないだろうといわれています。
「けがれ」の語源である「気枯れ」という語句の中に,倭人の記憶がかすかに込められているわけですね。
人形流しは何かを流し去っている行為というよりは,自身の身代わりである人形を水に浸してその生命力をもらっている行為。
上古の水祭祀と照らし合わせつつ,「祓い」のルーツを紐解くとそう言えるのではないかと。
●氷川女體神社では人形流しの後,茅の輪くぐりが行われました
なお,現在見られる,夏越の大祓の風物詩にもなっている茅の輪くぐりは律令体制の確立とともに整備されたものだと考えられます。律令以前の倭国にもともとあった水による浄化・再生の信仰に,茅草の生命力や効能にあやかった茅の輪の儀式が組み合わされて,大祓の神儀として定められ,それが律令から中世,近世へと時代が下るともに次第に夏越の茅の輪くぐりがクローズアップされていったものだと考えられています。この茅の輪くぐりが律令の頃より前にまで起源がさかのぼるかどうかは今のところ不明です。
水(水流)を使った祭儀に話を戻します。おそらく上古のころにあっただろう水におる再生・賦活の祭儀。千数百年以上もの長い時間の間に紆余曲折はあったでしょうが,現在にまで倭人の水に対する信仰を今に伝えているのが,昨年以前にこちらで紹介した,「那智の火祭り」や「真清田神社の火の輪くぐり」であると考えられます。
(以下,過去記事引用)
2011/07/25
●那智火祭りの中核,飛瀧神社(那智の瀧)での御滝本大前の儀(午後2時25分)
けふのでましの あなあら貴と 滝の流れも さらさらと
塵も残さず 神風ぞ吹く 神風ぞ吹く
去る2011年7月14日,那智の火祭りを見学してきました。
「那智の火祭り」の通称で知られているこの祭事は熊野那智大社の例大祭。上…
2011/08/10
●真清田(ますみだ)神社独特の火の輪神事。火の輪をくぐる参拝者の行列と巫女の神楽鈴
火の焔明(ほあか)る時に生める児 火明命(ホアカリノミコト)
是 尾張連(おはりのむらじ)等が遠祖(とほつおや)なり
(日本書紀 / 神代紀抜粋)
真清田神社は,尾張氏の祖神である天火明命(アメノホアカリノミ…
●水流に流れる多くの人形
ともあれ,暑い夏には,水が関わる行事がピッタリですね,理屈抜きで。
本日,何人くらい月遅れの夏越神事に訪れたかは確認していませんが,
この日は毎年,二千年来,河川の水神さまも売れっ子ドクター以上に大忙し・・・
2013年の盛夏,いったいどれくらい多くの患者さんたちが,水神Dr.から「気枯れ(けがれ)」を治療してもらって元気にしてもらったんでしょうね
水面を漂う,おびただしいばかりの人形が次第に薄く水と交わってその姿を消していくのを見届けながらそう思った次第です。